Q太郎でございます。
まずは御礼を。
思いがけずにたくさんの拍手を頂戴しました。
一体どちらの女神様でしょうか。
ありがとうございます。感謝です感涙です嬉しすぎてイモムシの如くゴロゴロしております。
心より御礼申し上げます。
え~、還る場所の続きです。
性懲りも無く人類軍の皆様のターンです。
もうね自分でも何をどうしたいのか訳分かりません。つか地球妄想帳に書いてあるのを全て突っ込んだため、お蔭ですっかりゴチャゴチャのグダグダです。整理整頓は死ぬほど苦手です。多分死んでも苦手です。嗚呼。
もう何が何だか~なアンバイですが、もういいや、自分が書いてて楽しけりゃ~な自棄っぱち全開です。
これは夢だよ夢。ご都合主義のマイドリームさ。いい夢見なよベイベーです。
言い訳だけで一晩語れるぜな、ツッコミ所満載なブツですが、宜しければ読んでやって下さいです。
★私信です。
みゆ様。たくさんメール頂戴してありがとうございます。お返事できなくてスミマセンです。もちょっとお待ちくださいませです~。ほんと申し訳ないです。
還る場所 6
【Scene2 心実4】
その長い告白は静かに始まり、そして静かなままに終わった。
淡々とアルヴィが語り終えた時、小さく息をついたのは何故か彼女ではなくトールの方だった。
何も言わずに彼女の話を聞いたトールが、その間中ずっとブルーの手を握り続けていたと気づいて漸く手を離してやれば、その細く白い手の甲にうっすら赤く指の跡が残る。
知らぬ内に随分と強く握っていたらしい。
痛くはなかったろうかと少し気にして眠るブルーの顔を覗き込んだトールが顔を上げると、話し始める前と同じ、そっとブルーの傍らに寄り添って座るアルヴィと目が合う。
何と言うべきだろうか。トールは少し迷う。
「驚いたよ」
もっと他に言い様があるだろうにと思いながら、けれどそれしか言えなかった。
「軽蔑しても構わないのよ?」
さっきトールが言ったのと同じ言葉を選んだアルヴィが、少しだけ自嘲めいた笑みを見せ肩を竦めて言う。
「そんな事思うはずがない」
トールは大きく頭(かぶり)を振った。
「そう?」
「当然だろ」
二人の間に、決して気まずさからではない少しの沈黙が生まれた。
軽蔑なんてするものか。
出来るわけもない。
まるで当たり前のように、あまりに自然にブルーに付き添う彼女の内側で、これほどまでに激しい葛藤があったなんて考えもしなかった。
誰に言うつもりもなかったろう胸の内を聞かせてくれたアルヴィの、言葉の一つ一つを思い出しながら、トールはただ見ているしか出来なかった自分の抱えていたものが、とてもちっぽけであったと思わずにはいれれなかった。
帰る場所なんて、もうどこにもない。
胸に重く響いた。
ああ、そうだ。
自分達に帰る場所はない。
慣れ親しんだソレイド基地にも、地上にあるアパートメントにももう戻ることはないだろう。
度重なるスクランブルと、それに伴い頻繁に行われる緊急ミーティング。
軽口を交わし、カレンダーを眺めながら心待ちにしている次の長期休暇を、互いにどう過ごすのか計画を教え合い茶化しては笑った同僚達とのカフェテリアでの気軽い休憩時間。
勤務明けの一杯を賭けて競ったシュミレーションアタック。
それら全てを失う事に未練などたった一つもありはしないなんて、そんな格好の良い事は正直まだ言えないけれど。
それでも、今こうして再び握ったミュウの長の手が温かくある事に心から安堵する。
良かった。
彼は生きてここにいる。
そう思える自分もここにいる。
良かった。
ピピッ
不意に電子音が鳴った。
じっと自分の手の中にあるブルーの白い指先を見つめていたトールが反射的に顔を上げると、それ以上に素早く立ち上がったアルヴィがベッド脇のモニターでブルーの状態を確認していた。
「オリジン、どうかしたのか?」
硬い声で問うトールに、アルヴィはホッと笑いながら何ともないと首を振った。
「時々だけどね、こういう事があるの」
言いながら、もう一度モニターでバイタルデータを確認し、痛々しく半顔を包帯で巻かれたブルーの額に手を置き顔を覗き込み、それからそっと頭を撫でる。
「こうして彼の側にいると今みたいな事が起こるの。不思議でしょ」
座り直してアルヴィが言う。
「笑うかもしれないけど、オリジンが何か伝えようとしているんじゃないかって思ったりするのよ」
「まさか…」
「そう。まさかそんな事ある筈ない。でもどうしてかしら。そう思うのが一番自然な気がするのよ」
言いながらアルヴィは柔らかく笑った。
そんなアルヴィを見て、トールも何だかそれでも良いような気がしてきた。
よく分からない事も不思議な事も、多分それはそれでいい。
平面的な理屈をつけて無理に型にはめなくったって、きっとそれでいい事もあるのだろう。
この世の中に説明できない事などありはしない。あってはならないと教えられてきたのに、まるでそれに逆らうような自身の思考の変化に、戸惑いと同時に開放されたような心地よさを感じる。
何故だろう、不思議だ。
「もしかしたら気持ちよく寝てるのに煩いって、オリジンからの抗議のメッセージなのかもしれないしな」
思いがけなかったのだろうトールの同意に、聞いてアルヴィは少し驚いた表情をしながらも軽く吹き出し、有り得なくはないわねと、大袈裟に声を潜めて相槌を打つ。
「それなのに、やっぱりアルヴィはオリジンを怖いと言うのかい」
合わせて声を低くしたトールからの再びの問いに、今度は少しだけ考えるように間を置いて、そしてアルヴィはやはり頷いた。
「でもね、本当に怖いと思うその相手って、彼ではなく私自身なのかもしれない」
自分の中に見つけてしまった卑怯で醜いもう一人の自分。
そんな感情(もの)が自分の中に在ったと知って、それが心の底から恐ろしかった。
だから怖い。
ミュウは人の心を読む事ができると聞いていたから。
誰にも知られてはならない、自分自身目を背けてしまいたい、けれど心の内に確実に存在する臆病で卑屈で陋劣な部分を、彼には暴かれてしまうのではないかという、それがとても怖い。
「眠るオリジンに初めて触れた時もそうだった」
術後、一度は容態は安定したように見えたブルーだったが、すぐに酷い高熱に襲われた。
薬で熱を下げても、数時間後には再び熱が高くなってしまう。それを幾度も繰り返した。
「辛そうで苦しそうで可哀想で、思わず彼の手をとってしまった」
けれどすぐに後悔した。
知られてしまう。
死んでしまえばいいと願った事を。
ミュウがこの艦にいるのだと中央に報せようと、たった一瞬でも思った事を。
もし彼に知られてしまったら。
今にも彼が目を開き、手を振り払い、激しい怒りと侮蔑に満ちた瞳で私を見据え、その身に秘めた強大な力を青い炎に変えて躊躇いなく私を焼き殺そうとするのではないか。
忌まわしき機械の傀儡と成り果てた愚か者。身勝手な恐怖に振り回され、同胞すらも裏切らんとするその卑しさ。
見下げた人間よ、汚れた手で私に触れるな。
そんな罵りが慄く背筋を這い上がり、冷たくなった首元で幾度も繰り返される。
決して赦されない。
誰も赦してはくれない。
「そんな私の手をね、オリジンは握り返してくれたのよ」
ブルーの手を握ったまま離す事もできずに強張り動かないアルヴィの指を、それまで力なく開いていたブルーの手がキュッと握った。
まるで、大丈夫だと言うように。
「有り得ないと嗤うだろうけれど、それでもその時の私にとって、彼の手は救いだった」
繋がれた指先から伝わるささやかな温もり。
彼の心がそっと、私に触れてくれているような気がした。
怖がらないで。
大丈夫。
大丈夫。
自分の心に怯えないで。
「涙が出たわ」
痛みに身体を貫かれ熱に喉を塞がれ、全身で苦しそうに喘ぐ彼の、けれどその手はあまりに優しくて。
おかしいと思われても。馬鹿馬鹿しいと笑われても。
勝手な思い込みだと呆れられても。
それでもいい。
それでも。
確かにあの時、私は彼に救われたのだ。
「ねえトール。私はオリジンを護りたい」
アルヴィは言った。
「ずっとオリジンは護ってきたんだわ」
惑星(ほし)をも貫くメギドの一撃を身を盾にして防ぎ、ミュウの仲間達を逃がすために命懸けでメギドを破壊して。
死に瀕し意識のない状態にあってなお、彼らを護り戦おうとしていた姿を思い出す。
青く放電する掌。
ミシェルの叫び。
繰り返し歌われる子守唄。
降り注ぐ金赤色をした光の雨。
切なく美しい奇跡。
それを知っているのは、あの時メディカル・ルームにいた者だけ。
「護って護って護り続けて、そんなオリジンを護ってくれる人はいたのかしら」
「君は…」
何を言えば良いだろう。言葉を探してトールは戸惑う。
「大佐の事ですもの、容易く捕まったりするなんてないと思うけれど、それでももしそうなるのなら、私はオリジンの盾になる」
容赦なく撃ち込まれたレーザー砲が彼に届くより先に私の身体を貫いてくれるように。
たとえそれがたった一秒にも満たない一瞬であってもいい。せめて彼が先に逝かないように。
「結構本気だったりするのよ。ふふっ。ホントどうにかしてるわね」
まるで何か悪戯を打ち明けるようなアルヴィの表情に、トールは胸が締め付けられる気がした。
今この時も彼女は戦っているのだろう。
明日への不安に。
反逆者として追われる恐怖に。
死への怯れに。
揺れ惑い震える心を、胸の内にある想いを声に言葉にして、必死に奮い立たせようとしている。
崩れてしまった足元をそれでも踏みしめ、自身の存在をその理由を生きていく意味を自分の中に見つけようとしている。
「ほんと、どうかしてるよ」
敵わないなと思いながらトールは言った。
「でもそんな君を格好良いと思う俺も、多分どうかしてる」
幼い顔をして眠るミュウの長。彼は一体どんな夢を見ているのだろう。
「格好良い?私が?」
「そう。すっごい男前」
「……それって褒めてる?」
「最大級で褒めてるよ」
「本当に?」
「勿論」
大真面目に頷いて見せるトールに、アルヴィは少し顎を上げ「それなら問題ないけれど」と澄ました顔で答え、それから馬鹿みたいだと互いに笑った。
「もし、いよいよこの艦に最後の時がきて、そしたらオリジンが「こりゃ大変だ」ってアッサリ消えて逃げ出したら、君はどうする」
ふざけたトールの質問に、アルヴィは考えても見なかったと片手に顎を置いて考え込む仕草をする。
「そうね。そういう事もあるんだわ。そうなったら……、「この恩知らず!」って叫びながら死んでやるわね」
言いながら握った拳を宙で振り回して見せるアルヴィに、トールはわざとらしく肩を落とす。
「男前も台無しだよアルヴィ」
トールは思う。
聞こえているだろうか。
君の事を話しているんだ。
夢の中で聞いているだろうか。
こんな下らない事を話して笑う馬鹿な人間達が君の側に、こんなに近くにいるんだ。
「遅くなった」
シュッと音を立てて扉が開くと、漸く戻ってきたマーニー・フラップが急ぎ足で入って来た。
「悪かったなトール」
言いながら肩に下げていた大きなバッグから、諸々の医療用具を出しては棚に戻すと、マーニーは大きく息をついた。
「お疲れ様マーニー。みんなどうしてる?」
椅子を譲り立ち上がったトールにマーニーは礼を言ってから座ると、そうだなぁと呟いた。
「まぁアレだ。情緒不安によるストレス性の体調不良ってとこだな。こればっかりは仕方がない。皆分かってはいるんだ。頭では」
そしてまた、仕方がないさと繰り返す。
「いろんなモノを腹の中に抱えて、今まで経験したことのない激しい気持ちの浮き沈みにどうして良いか分からなくて混乱して不安になって。当然だ。それでも最後に皆同じ事を聞いてきたよ。オリジンはどうしてる?オリジンは大丈夫なのか?ってね。みんな分かってるんだ」
疲れた顔をしたマーニーが、それなのにどこか嬉しそうに話す。
彼もまたアルヴィと同じように、乗り越えようと戦う人なんだとトールは思う。
「行くよ。そろそろ交代の時間なんだ」
「本当に済まなかったなトール。休めなかっただろう」
立ち上がり頭を下げるマーニーに「そんな事ないさ」とトールは返す。
「充分休んださ。やっぱりここに来て良かったよ」
言ってトールがアルヴィを見れば、マーニーと同じく立っていた彼女が「ありがとう」と言いながら小さく頷いた。
「そうだ、聞きたい事があったんだよ」
行く前にもう一度とブルーの寝顔を覗いたトールが、マーニーを見る。
「オリジンの髪切ったの一体誰だい?ひっどい腕前だな。前髪ガタガタで芝生より短い所まであるじゃないか。こんな綺麗な髪で綺麗な顔してるのにハゲ作られちまって。可哀想に、目が覚めたらショックだろうな、きっと」
トールの言葉にアルヴィがチラとマーニーを見ると背を向け、誤魔化すように口元を隠して肩で笑っている。
逆にマーニーは酷く苦い顔をしてトールを横目で睨んだ。
「……俺だよ。悪かったな、素敵にカットしてやる余裕なんてどこにもなかったんだ。ああもう分かったら早く行っちまえ!」
クソったれと毒づき追い払うように手を振るマーニーに、やっぱりそうかと笑いながら「また来るよ」と扉に向かうトールの背中に、マーニーが「もう来るな!」と半分笑って返す。
メディカル・ルームを出るトールが何気なく振り返れば、閉まる扉の向こうでブルーを挟んで座り何かを話している二人が見えた。
「ハイ、トール。また保健室で寝てたの」
戦闘班の詰所に向かうトールに、同じく戦闘班の防御(ガード)チームのリーダー、リィン・ディーンが声を掛ける。
短く刈り上げた明るい金色の髪と褐色の肌によく映える真っ赤なルージュがトレードマークの彼女は階級はトールよりも上だ。
右手を額に当てて礼をすれば、リィンも同じように応える。
「ええ、今出てきた所っす」
言いながらトールは、彼女の顔色がとても悪い事に気がついた。
照明の加減ではきっとない。
目は充血して、隈までできている。
「あんまり見とれないでくれる?」
リィンは片目を瞑って少し困ったように笑った。
「頭痛が酷くてさ。やっと交代したってのにこれじゃ仮眠もとれないし、まったく堪んないわ」
言ってリィンはこめかみを親指でグリグリと押した。
「なんか効きそうなのを一発打って貰おうと思ってね。ついでにベッドも借りたいし。じゃね、交代ご苦労さん」
片手を上げてメディカル・ルームへ行こうとするリィンを、思わずトールは呼び止めた。
「オリジンがいるよ?」
その言葉にリィンはああと頷いた。
「あんたを見習おうと思ってさ」
そうしてキュッと口の端を上げる。
「具合が悪けりゃ保健室に行けばいい。ボロ雑巾みたいにクタクタに疲れてる医療班を呼びつけるなんて真似はもう止そうじゃないの。この状況だもの、お互い出来るだけ面倒はなしにしなけりゃ……」
そう言いながらリィンは吐き気を堪えるように二度大きく咳き込んだ。
「…って、他の連中にも言っとくから、あんたも広めといて。あんまりグズグズ言いやがるとリィンの鉄拳制裁が下るってね」
余程頭痛が酷いのだろう、更に顔色を悪くしながらもリィンは笑った。
「あんな綺麗な子の横でゲロバケツ抱えて唸りながら寝るなんて、絵的にも最悪だしサイテーな気分だけど、ま、これから当分この艦で寝食共にするってんなら、オリジンにもそこら辺は勘弁して貰わないとね」
それじゃあねと、どこかヨロヨロとした足取りで歩いて行くリィンの「マジきっついわぁ…」という掠れ声を聞きながら、トールはその背中を見送った。
やっぱり敵わない。
アルヴィにもリィンにも、そして多分少尉にも。
トールは歩きながら一人笑った。
身体の奥深くにあったゴリゴリと黒く硬い塊が砕けて溶けて、小さな笑いの泡になって全身を巡る。
大きく歩幅をとってトールは歩いた。
口元が綻ぶ。
良いな。
何がと聞かれても上手く言えなけれど、良いよなと思う。
とりあえず自分に出来る事は何だと考える。
例えばアルヴィが彼を護ると言うのなら、そんな彼女のいるこの艦を護ろう。
例えばリィンが彼と寝食を共にすると受け入れたのなら、それが現実になるようにこの艦を護ろう。
そうやって護ったり護られたりしていれば、いつかいろんな事が上手くいくんじゃないかと思う。
それこそ単細胞の都合良い思いつきの思い込みかも知れないけれど。
何の理屈も根拠もないけれど。
きっとそれが一番自然な気がするの。
アルヴィの言葉を小さく口の中で繰り返してトールは、まだ背中に張り付いていた昏い影をまるで気軽に振り払うと、歩く足を速くした。
<還る場所6 終>
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